'25 1月 菊間倫也 ピアノ・リサイタル プログラムノート

来年1月の演奏会のプログラムノートを一足先にご紹介します。

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 このたび、東京、佐賀の2都市で公演をさせていただくこととなりました。毎年開催している東京での演奏会は今回新たに「びりーぶスタジオ」での開催となります。佐賀ではご縁に恵まれ、地元の方々のご協力のもと、リサイタルの他にも講演などに出演させていただくことになりました。お世話になった皆様に心より感謝申し上げます。 ショパン、ドビュッシーによる夜想曲や子守歌[東京公演のみ]、ベートーヴェンの《月光》は同じ音(異名同音を含む)を主音に持っており、似た世界観の美しさが見られます。また、ドビュッシーの初期の傑作や中期の組曲をお聴きいただくと、彼の音楽の変遷を感じていただけることでしょう。


ショパン:子守歌 op.57 / 夜想曲 op.27-2 / 夜想曲 遺作

 フレデリック・ショパン(1810-1849)はピアノの詩人とも評され、大変美しいメロディの数々が知られている。その1曲に違いない《子守歌》は、左手のゆりかごのような慈愛にあふれる和音の上で美しい旋律が歌われる。この左手の音型は絶えず繰り返され、形式上はパッサカリア(同じバス音型が繰り返される変奏曲)と考えられる。冒頭のゆったりとした旋律も、だんだんと細かな装飾が施され、豊かに歩みを進めていく。 

 ショパンはイギリスの作曲家ジョン・フィールド(1782-1837)に影響を受け、多くの夜想曲(ノクターン)を作曲した。op.27-2 はまさにフィールドの夜想曲に似た書法を持っており、6/8拍子のゆったりとしたテンポで、左手の分散和音の上に叙情的な旋律が繰り広げられる。一方で、 “遺作” は分散和音の音型こそ似ているものの、きわめて物悲しい旋律が特徴的である。この遺作はショパンの没後に出版された作品であるが、1835年に作曲された op.27 よりも早い時期の1830年に完成していた。中間部のややリズミカルな部分や最後の長調による終止など、いくらか明るい部分も見られるが、これだけ悲痛な暗さが前面に出る作品はショパンにも珍しい。


ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番 嬰ハ短調 op.27-2 《月光》 

 ルートヴィヒ・ファン・ベートーヴェン(1770-1827)は18世紀後半〜19世紀初頭の古典派を代表する作曲家であるが、19世紀のロマン派を彷彿とさせるタイトル『幻想風ソナタ』と題された作品を1801年に作曲した。それがピアノ・ソナタ第13番、第14番という2つの作品 op.27 である。特に第14番はのちに《月光》として親しまれるようになり、今でも彼を代表する作品として知られている。

  「ソナタ」は通常、複数の楽章からなる。第1楽章は一般的に速いテンポの音楽が置かれるが、この作品はゆったりとした主題に始まる。明確な旋律らしい旋律は見られず、1小節ごとに音高の変わる低音と、仄暗いアルペジオが続く。第2楽章はメヌエットとよばれる3拍子の舞曲で、この作品で唯一の長調であり束の間の明るい時間である。最後の第3楽章は第1楽章と関連するアルペジオで始まるが、楽想は非常に激しく、幅広い音域を駆け抜ける。


ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲/夢/夜想曲/2つのアラベスク

 クロード・ドビュッシー(1862-1918)はフランスの作曲家で、文学や絵画の世界と深いつながりを持ち、画家クロード・モネに始まる「印象派」や詩人シャルル・ボードレールに代表される「象徴主義」との関わりが深い。《牧神の午後への前奏曲》はステファヌ・マラルメ(1842-1898)による詩《半獣神の午後》から着想を得て作曲された管弦楽曲。原詩では、昼寝から目覚めた夢うつつの半獣神パンが、夢に見た水の精ニンフへの思いを馳せて独白する。笛を吹くパンになぞらえて、ドビュッシーはフルートのソロを中心に官能的な世界を見事に描いた。本来は全3曲の構成で考えられていたが、前奏曲の完成度の高さにより単独の作品として残された。 

 若かりし頃のドビュッシー作品には、詩人たちから影響を受けて作曲した歌曲や、個性あふれるピアノ曲が数多く残っている。特に《夢》や《夜想曲》はドビュッシーらしい夢幻的な楽想や流麗な表情が前面に現れており、《2つのアラベスク》はパリで流行したアール・ヌーヴォー様式(アラビア風の文様による家具などの装飾)から着想を得た。《夢》は穏やかで美しい主部と洒脱な和声が特徴的な中間部の対比が面白い。《夜想曲》は従来のショパンやフォーレによる同名のタイトルを踏襲しつつ、彼らしい和声と流れるようなフレージングが生かされた佳作である。《2つのアラベスク》は流麗なアルペジオが特徴の第1曲が有名であるが、軽やかで楽しい第2曲も印象的だ。


ドビュッシー:ベルガマスク組曲、仮面、喜びの島

 《ベルガマスク組曲》は1890年から構想され、1905年に発表された。組曲は17世紀のバロック時代に隆盛を極めたジャンルであり、特にフランスでは様々な舞曲や種々のタイトルを付した性格小品で構成される組曲 “オルドル” が流行した。古典派以降は組曲の人気が低下したが、20世紀初頭からは新古典主義とよばれるバロック時代の再興運動が盛んになり、ラヴェル《クープランの墓》などバロック音楽的な組曲が広まった。 

 ドビュッシーの組曲も同様にバロック的な舞曲が採用され、壮麗な〈前奏曲〉の後に3つの舞曲が置かれている。〈メヌエット〉は3拍子の中庸なテンポで、やや怪しげな旋律が主導する。〈月の光〉はドビュッシー作品の中でもきわめて有名であるが、これは “サラバンド” とよばれる3拍子の緩やかな舞曲と考えることが可能だ。〈パスピエ〉は速い踊りで本来6/8拍子や3/8拍子だが、本作は4/4拍子という異質な拍子である。 

 この組曲は4曲で構成されるが、本来はさらに2曲組み込まれるはずだった。当時あまり評価が芳しくなかった《仮面》と、ドビュッシーが大作曲家ガブリエル・フォーレの元妻と駆け落ちし、旅行先で作曲した名作《喜びの島》である。出版社の都合で組曲は4曲構成になったと言われている。 

 《仮面》は古くから盛んだった道化芝居が由来とされている。滑稽ながらも仮面の裏に潜む哀愁。そんなイタリアの喜劇 “コメディア・デラルテ” の姿が音楽で表現される。

 《喜びの島》はドビュッシー作品の中でもとりわけ華やかで壮大な作品だ。幻想的でぼやけた雰囲気が彼の音楽的なイメージになりがちだが、あのような状況で嬉々として書いた作品と分かれば納得がいくだろう。アントワーヌ・ヴァトーの雅宴画《シテール島への脱出》がモチーフになったことでも知られている。

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