2023.10.20(金) プログラムノート @名曲喫茶カデンツァ

ごあいさつ

今年も名曲喫茶カデンツァでリサイタルを開催します。

一昨年は前半に大きなソナタ、後半は水にまつわる小品集。昨年は組曲をテーマに、シェーンベルクの《組曲》やラヴェルの《クープランの墓》、《夜のガスパール》などを演奏しました。

今年のテーマは 「前奏曲」。その起源は中世にさかのぼり、バロック時代に栄え、古典派では低調になったものの、ロマン派以後も重要なジャンルとして多くの作曲家の手にかけられました。そうした前奏曲を "20世紀フランス" という枠組みで切り取り、ドビュッシーを中心にその時代を見つめ直す演奏会です。

楽理科出身でもあるので、プログラムノートは毎度のことながら長文になってしまいます。

演奏会の合間に曲の解説だけ読むもよし、他の読みたい部分だけかじるもよし、演奏会前/終演後にゆっくり読むもよし。書きすぎる自覚はあるので自由に読み流してください。


今年も演奏会の開催をご快諾くださったオーナーの東ケ崎貴義さんに心から感謝いたします。



「前奏曲」とは

前奏曲 Prélude という言葉。

文字通り、メインとなる何らかの音楽の前に演奏される音楽をさす。

中世のオルガン奏者が前奏曲をおいたことが始まりと考えられ、そこには指慣らしや楽器の状態をチェックすることなど、いくつかの目的があった。そのため多くは即興演奏であり、音楽が記録されることはあまりなかったのである。ちなみに、フランス語の動詞 préluder や、ドイツ語の動詞 präludieren は「即興演奏する」という意味を持っており、「前奏曲」の位置付けがこのようなものだったことを理解できるだろう。

バロック時代(17世紀〜)には、北方のオルガン音楽で即興的な前奏曲がしばしば作曲された。プロテスタントの典礼歌である「コラール」を歌う前に演奏される、「コラール前奏曲」(そのコラールをモチーフとして作曲される)は重要なオルガン作品のジャンルである。

同じく17世紀、フランスでは宮廷で舞踏やバレエが人気になり(国王も一緒にバレエを踊っていたほど)、鍵盤音楽としては前奏曲と種々の舞曲、こまごました小品を組み合わせた組曲の「オルドル ordre」が人気のジャンルとなった。少し後になってドイツでも舞踏の組曲が流行し、バッハが重要な組曲を書いている。たとえば、鍵盤楽器の作品なら《イギリス組曲》などがあり、「G線上のアリア」で有名なアリアが含まれる《管弦楽組曲》もよく知られている。ピアノ学習者ならほとんどの人が勉強する《平均律クラヴィーア曲集》(24曲×2巻)は「前奏曲とフーガ」という2曲セットで作曲されている。この "24曲からなる前奏曲" という作品の配置が、のちの作曲家に極めて大きな影響を与えた。

古典派(18世紀頃〜)では前奏曲という名前がなかなか見られないが、ロマン派(19世紀頃〜)になると歴史主義やナショナリズムの高まりによって過去の音楽が研究され始める。そこでやはりオルガン音楽が日の目をみて、ドイツの作曲家ブラームスやベルギーからフランスに渡ったフランクらが重要なオルガン作品を残した。

そして、忘れてはならないのがショパンの代表的なピアノ曲《24の前奏曲 op. 28》。バッハの《平均律》と同じく24の長短調で書かれ、〈雨だれ〉を聴いたことのある人は多いだろう。この作品集はもはや前奏曲というより立派な小品集だ。明らかにバッハを意識したショパンの傑作以降、このスタイルで作曲した人物はスクリャービン、ラフマニノフ(10+13+1曲)、ドビュッシー(12曲×2巻)、ショスタコーヴィチなど、枚挙にいとまがない。

オーケストラの作品でも前奏曲は登場する。ピアニストとしても名高いフランツ・リストは交響詩の創始者とも呼ばれているが、このジャンルの初期作品に《前奏曲》(レ・プレリュード)というものがある。この作品は結局独立した作品として出版されたが、このリスト作品以降、オーケストラでもたくさんの「前奏曲」が生まれることとなる。


20世紀フランス音楽と「前奏曲」

フランスのピアノ音楽は特に小品が多い傾向にある。ドビュッシーでもせいぜい5,6分だろう(《喜びの島》や《マスク》など)。それにはソナタ形式のような独墺圏的/古典的な形式を用いないことや、サロン音楽の隆盛、バロックへの回帰など様々な理由があるだろう。小品を好むとなれば前奏曲というジャンルは絶好の着眼点であり、今回演奏しない作曲家もたくさんの前奏曲を作曲している。


ここからは簡単に作曲家を紹介する。

今日の演奏会の中心となるクロード・ドビュッシー(1862~1918)は《月の光》をはじめ、演奏しやすく親しみを持ちやすい作品をたくさん書いている。この曲と並んで有名な〈亜麻色の髪の乙女〉は、今回演奏する《前奏曲集 第1巻》に所収されている。彼はオペラやオーケストラ作品でも大活躍し(オペラ《ペレアスとメリザンド》、管弦楽曲《海》《夜想曲》など)、歌曲も重要なレパートリーだ。若き日はショパンやワーグナーから絶大な影響を受け、パリ万博など大きな転換点を経験し、ありとあらゆる作法で独自の音楽を生み出していった。オーケストラで演奏されるバレエ音楽《牧神の午後への前奏曲》はあまりに有名である。

エリック・サティ(1866~1925)は音楽史から大きく外れた異彩を放つ作曲家だ。サロンやカフェで活動し、そこで生まれたシャンソン《ジュ・トゥ・ヴ(君が欲しい)》は有名である。タイトルは意外と知られていないのだが、聴いたら知っているという方も少なくないだろう。音楽史に名を残すような中心的な作曲家たちにはかなりの反感を持って生きた人物であり、とてつもない皮肉屋として知られる。ダダイズムの先駆者としても捉えられ(曲目解説で詳述)、タイトルを見るだけでも飽きることがない。ピカソの舞台、シャネルの衣装、コクトーの脚本で製作したバレエがあり、豪華な顔ぶれに驚く。プーランクらフランス六人組とよばれる若手作曲家たちを支援しつづけたことでも知られている。

オリヴィエ・メシアン(1908-1992)は20世紀の間、長きにわたってフランス音楽を牽引した作曲家である。若き日から頭角を表し、オルガンの即興演奏の大天才として知られ、独自の理論を打ち出した人物だ。彼の作品の演奏は究極に難しく、理解することも難易度が高い。鳥類学の研究もしており、鳥の鳴き声を採譜して独自の世界観に落とし込んだピアノ曲《鳥のカタログ》がよく知られる。他にも、全曲演奏には3時間以上を要するピアノ曲《幼子イエスにそそぐ20のまなざし》や南インドのリズムを用いた《トゥーランガリラ交響曲》、晩年の大規模な管弦楽作品《アッシジの聖フランチェスコ》など、大曲も数多い。なんといっても楽譜が真っ黒で取り組むのは一苦労だが、今回演奏する《前奏曲集》は20代に作曲した比較的聴きやすい作品だろう。


曲目解説

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲 (1894) V. グリャズノフ編曲

ドビュッシーの出世作である《牧神の午後への前奏曲》は、フランスの象徴派詩人ステファヌ・マラルメの散文詩《半獣神の午後》の内容を踏まえて作曲されたオーケストラ作品である(マラルメの作品は"半獣神"が定訳となっており、区別もしやすいのでこう書いた)。

《半獣神の午後》は、ひたすら牧神パンが語る官能的なポエムであり、ギリシャ神話に由来する女神ニンフが登場する。

牧神が昼寝をしていると2人のニンフの夢を見る。追いかけて捕まえようとするも逃げられ、彼は葦笛を吹く。ニンフへの思いに自問自答を繰り返す。

ギリシャ神話では、牧神に追いかけられたニンフが葦に姿を変え、それが葦笛として美しい音を鳴らすとされる。

以前大学で博士課程の方から伺ったのだが、驚くことに、《半獣神》の行数と《牧神》の小節数が同じ110なのである! 偶然とは言いがたく、ドビュッシーが意図的に仕組んだものと考えられよう。各行と小節が対応しているとは言いきれないが、詩のディテイルと相当な関連があることには間違いない。

マラルメの詩は舞台での上演を想定して書かれたが、ドビュッシーの《牧神》作曲後、ニジンスキーが振付を担ってロシア・バレエ団がバレエ音楽として上演した。その際あまりに生々しい表現がなされたため、たいへんなスキャンダルになったという。

オーケストラ作品なので、あえて原曲にもとづいた解説を。


冒頭、フルートが独奏で(この楽器にとっては)低音域の不安定な旋律を奏でる。牧神のまどろみにも感じられるフレーズは、作品全体で繰り返し現れる。すぐにハープのアルペジオやホルンのたゆたう和音が響く。これらは古代からある原始的で神秘的な楽器である。

冒頭のフレーズの変形ののち、オーボエが歌心ある旋律を演奏し山場が来るとまた収まり、オーケストラ全体が波のようにうねるクライマックスを形作る。時に鳥たちの声が聞こえたり、牧神の世界がドビュッシー独特の世界観、空気感で繰り広げられる。終盤にもまたフルートの冒頭音型が再現され、静かに幕を閉じる。


サティ:犬のためのぶよぶよした前奏曲/犬のための本当にぶよぶよした前奏曲 (1912)

ぶよぶよした flasque というなんとも不思議な言葉の入ったタイトルは一度見たら忘れられない。「しまりのない」「たるんだ」などと訳される単語だが、本作品の邦題に「ぶよぶよした」を選んで定着させた人物(誰だろうか?)はなかなかのセンスだと思う。

先ほど紹介したダダイスムは1916年に巻き起こった、戦争の虚無感を重く背負った芸術運動である。詩人トリスタン・ツァラが命名した「ダダ」という言葉そのものはこの運動に対する意味を持っていない。芸術運動としては人間の理性へ批判的な視点を持ち、「意味をもたない芸術」を促進していった。美術ではコラージュの技法が人気となり、その後シュルレアリスムへと走っていく。

サティの有名な作品《3つのジムノペディ》では「歯痛に悩むウグイスのように」など奇想天外な演奏指示がいくつもある。《ぶよぶよした》も奇怪なタイトルだが、ドビュッシーのような印象主義音楽への皮肉など様々な憶測が広がっている。

出版社に《ぶよぶよした》を提出し出版を持ちかけたサティだが、それを突っぱねられ《本当にぶよぶよした》を作って再び持ち込む行動に出たというのは有名な話だ。


《犬のためのぶよぶよした前奏曲》

 内なる声は4分音符で動く低音にゆったりとしたメロディがやはり低音で奏でられる。どこか旋法的で神秘的だ。犬儒派的な[皮肉な]牧歌は小節ごとに同じリズムが繰り返される単純なメロディ。伴奏も8分音符で動き続ける。タイトルの "cynique" は禁欲的で簡素な暮らしをモットーとした古代ギリシャの学派・キュニコス派を意味し、この学派は「無欲な犬のような生活」ということで「犬のような」という単語を用いた。利己主義者を見下すこの学派が由来で「皮肉な cynical」という意味に広がった。サティの大好きな "皮肉" である。犬の歌は小節の機能があってないような、独特な拍節感をもった小品。友情をもってはこの4曲の中で唯一はっきりとまとまったリズムを感じられる曲だろう。8分の6拍子の生き生きとしたメロディが絶えず繰り広げられる。


《犬のための本当にぶよぶよした前奏曲》

こちらの3曲は小節線がないのが独特だ。厳しい叱責は最初から最後まで続く右手の8分音符がただならぬ雰囲気を醸し出し、左手の重いオクターブの音符が叱責を想起させる。家にひとりは柔らかな左手の8分音符に「悲しげに」と指示されたメロディが静かに乗る。ギリシャ語の指示が時折見られる面白い作品だ。遊ぶは不思議な重音の連続と、付点が特徴のはっきりとしたリズミカルな音型の数々が特徴的である。


メシアン:前奏曲集 (1929)

メシアンの若かりし頃に作曲された作品集で、ドビュッシーがこの世を去って10年以上が経った戦間期に作曲されている。どれも特徴的な前奏曲であり、ドビュッシーの影響を明確に受けながらも今後の彼の作風を示す重要な8曲となった。

多くの曲で彼が提唱した「移高の限られた旋法(MTL)」という特殊な音階を多用しており、独特な響きが繰り広げられる。この旋法を説明するとこの文章が倍の量になりそうなので省略するが、長短調を逸脱し数学的に作られた画期的な手法であった。半音の多いMTLの固有音を使って並べられた和音の連続は非常に複雑ながら神秘的であり、他の作曲家の作品にはそうそう見られない美しさももたらされる。

はMTLに則った和音の連続に、左手の不安定なメロディがおぼろげに響く。ラストのオクターブより半音狭い独特な響きのメロディが神秘的だ。わずか2ページの小品。悲しい風景の中の法悦の歌はゆったりと歩を進める8分音符のメロディがだんだんと和音の連続へと変化してゆく。その"風景"から生まれる法悦の歌は中間部で紡がれる。ドビュッシーが愛した8分音符と3連符の組み合わされるリズムが多用され、元の主題が再現されると複雑な和音を伴って常に静かな風景が繰り広げられる。過ぎ去りし時は1小節ごとに拍子が変化する。平行移動する和音や増音程の多用がドビュッシーによく似ている。静かな嘆きはやはり拍子の変化が多い。8分音符のゆったりとした静かなメロディが嘆きを示しているだろう。強弱の幅を広く使うメシアンだが、頂点はf、最後はppppにまでなる。風に映る影…はこの作品集の中でも特にダイナミックで長大な作品である。ピアノの最低音から勢いよく駆け上がる突風のような描写が印象的。一転して左のアルペジオの上で流れる息の長いメロディが美しい。冒頭部分が戻るとさらに分散和音は激しく、技巧的に突き進んでゆく。



ドビュッシー:前奏曲集 第1巻 (1909-1910)

ドビュッシーは初期に《アラベスク》や《月の光》を作曲し、比較的単純で古典的な作法を見せたが、20世紀に入るとオペラや管弦楽作品、バレエ音楽の作曲経験によってより複雑で立体的な作品を作曲するようになっていった。《前奏曲集》は2巻作曲されたが、第2巻の作曲は第1巻完成後の1910年から3年かけて行われた。これら24曲のタイトルは作品の終わりに書かれており、しかもカッコがついて「…」の後に言葉を載せている。

例:(…Danseuses de Delphes) 当日配布のプログラムを参照されたい。

これはドビュッシーがタイトルを前面に出したくなかったという意図が如実に現れた結果であり、あくまでも音楽がメインである。タイトルには実在の詩の一節が用いられることもあり(第4曲など)、どれも象徴主義的・印象主義的な風合いを見せている。

古代ギリシャがモチーフのゆったりとしたデルフィの舞姫たち、全音音階が特徴の謎めいた雰囲気を持つ、あるいはヴェール(フランス語では同じ単語 voile)、颯爽とした6連符に始まる野を渡る風、詩から着想を得た浮遊感あふれる音と香りは夕暮れの大気に漂う、軽快に進む爽やかな風景を想像させるアナカプリの丘、極めて遅いテンポで静かな雪の上の足跡、荒々しい大西洋からの風を描写した西風の見たもの、非常に有名なおなじみ亜麻色の髪の乙女、ギターを思わせる装飾音の面白い遮られたセレナード、古代の街に沈む大聖堂とオルガンの讃美歌を描く沈める寺、シェイクスピアの戯曲のキャラクターに基づいたパックの踊り、吟遊詩人を表す滑稽なミンストレルからなる。

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